徳川家ゆかりの地 和歌浦
   
 
 

「和歌の浦には名所がござる、一に権現』とうたわれているのが、この東照宮です。古来、和歌の浦随一の名所として、今も「権現様」と仰がれ、親しまれています。もと、東照大権現、日吉山王権現、摩陀羅神の三座を奉納していました。東照大権現というのは、薬師瑠璃光如来が、日本の神として顕現したという神号であり、病気を平癒し、諸願一切を成就するという信仰があります。徳川家康公は、薬師瑠璃光如来のお生れ代りであるという伝承によるものです。正保二年、宮号の宣下により、東照大権現は東照宮と改められました。

和歌山城の南、眼下に和歌浦湾を望む景勝の地・権現山に鎮座する紀州東照宮は、江戸時代初期の元和7年(1621)、紀州藩藩祖・徳川頼宣が、父徳川家康をまつるため造営したもので、以来およそ370年の長きにわたり、「紀州日光」と称されて、内外の尊崇を集めてきました。そうした歴史と伝統を背景として、紀州東照宮には数多くの文化財が伝来しており、建造物7棟、美術工芸品17件が重要文化財に指定されています。

桃山時代の遺風をうけた江戸初期の代表的な重要文化財建造物です。漆塗り、極彩色の精巧な彫刻、狩野、土佐両派の絵によって荘厳された豪華さは、まさに関西日光の名に恥じないものです。左甚五郎の彫刻の多いのも天下希有なのですが、楼門の朱塗り極彩色は、天下唯一といわれています。

 
         
   

 

 
 

また、例祭は「和歌祭」と呼ばれ、元和8年(1622)以来の伝統を持つ郷土色豊かな祭礼で、明治以降も市民の祭りとして現代に受け継がれて来ましたが、平成2年11月3日に、昭和59年以来6年ぶりにとり行われる運びとなりました。

 
   

 

 

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